六本木金魚ヒストリー
六本木金魚ヒストリー

六本木金魚の軌跡

六本木金魚ヒストリー
六本木金魚ヒストリー

六本木金魚の軌跡

HISTORY

SINCE 1994
  • 1994年。ある男が新しいエンターテイメントを創り上げた。
  • 店の名は六本木金魚。
  • NEO歌舞伎をコンセプトにカブキモノの気概と伝統を革新的な演目に変え、歌舞伎役者はダンサーへ、女方はニューハーフへと置換した。
  • その圧巻のショーは見る者を魅了し世間を驚かせた。オープンから四半世紀が経過した六本木金魚は世界的な映画監督やファッションデザイナー、各界の著名人が訪れる日本を代表するショーレストランとなった。
コロナ禍の喪失
  • 2020年。世界は新型コロナウイルスの感染拡大で一変した。
  • 六本木金魚も感染防止のため休業を余儀なくされた。先行きが見えない状況が続き、都内の同業者は次々に廃業。六本木金魚のスタッフも次の職場へと移籍していった。
  • そして毎日繰り返される感染拡大の報道で、再開の声は諦めに変わっていった。
  • 長引くコロナ禍は多くのことを喪失した。
女と9人のダンサー
  • 六本木金魚には受け継がれてきたことがあった。
  • 「前進と更新を常に繰り返していくこと。前に進むことを恐れれば新しいことは見つけられない。更新することを諦めれば環境に適応するチャンスを失う。」
  • これを受け継いだ女と9人のダンサーがいた。六本木金魚が休業になり再開の目途が立たない中、彼女たちは自ら地方公演を企画し演目の練習を続けていた。
  • しかし東京都の感染拡大により予定していた地方公演は中止になった。それでも彼女たちは新たな演目の練習を続け、店内を磨き続けた。
  • コロナ禍で一番影響があったエンターテイメント業界。
  • その中でもダンサーの立場は弱く生活にも困窮していた彼女たちだったが、思いを一つにしていたことがあった。
  • 「コロナ禍で大変な時だから、お客様にショーを観て元気になってほしい」
  • 「全国の若いダンサーが目標とするステージを守りたい」
  • という思いであり、願いであった。
願いがカタチに
  • 彼女たちの思いとひたむきな姿勢。
  • そして全国のファンから応援メッセージが寄せられていることを知った企業から六本木金魚の再開に協力したいと言う申し出があった。
  • 心配していた感染防止対策は、企業側から今までの雰囲気を損なわずに感染防止が可能なプランが提案された。そしてリニューアル工事が始まった。
  • 感染防止対策のために客席数は170席から72席まで減らした。
  • 26年目になる店舗は予定より大掛かりな修繕が必要になったが、工事の人手不足はダンサーたちが手伝った。そして願いがカタチになった。
  • 2020年10月2日、劇場型ショーレストランとして六本木金魚は新たな体制でスタートした。